台湾で店舗出店や改装を進める日本企業が直面する最大の壁――
それは「伝えたのに、伝わっていない」現場コミュニケーションのギャップです。
図面、仕様書、打ち合わせ……どんなに丁寧に準備しても、台湾の現場では“伝え方の文化”が違います。
「Yes」が了承を意味しない、“沈黙”が同意ではない――。
本記事では、台湾の内装設計・内装工事の現場で実際に起きた“伝わる指示出し”の成功例と失敗例を紹介します。
図面より「見せ方」、命令より「協働」、言葉より「信頼」。
この3つの視点を身につければ、台湾の現場は驚くほどスムーズに動き始めます。
第1章:言葉より「間合い」が大事?台湾現場での伝達文化を理解する
台湾で店舗設計や内装工事の現場に立つと、まず驚くのは「話が早い」ことです。
日本では図面会議や工程会議を重ねて、すべての仕様を決定してから現場に着手するのが一般的ですが、台湾では現場が始まってからも仕様が動き続けます。
そのスピード感に戸惑う日本の担当者も多く、「きちんと伝えたはずなのに」「確認していないのに変わっている」といった声をよく耳にします。
しかし、そこには単なる“伝達ミス”ではなく、文化としての伝え方・受け取り方の違いが潜んでいるのです。
台湾の職人や設計担当者は、図面よりも“現場での空気”を重視します。
つまり、指示を出すときに「何を言ったか」よりも、「どんなタイミングで、どんな表情で、どんな関係性の中で伝えたか」が重要なのです。
台湾の現場では「Yes=理解した」ではない
日本人が台湾現場で最も誤解しやすいのが、「Yes(はい)」の意味です。
台湾の職人や現場監督が「好(ハオ)」「OK」と答えても、それは「理解しました」「その通りにやります」という意味ではない場合が多々あります。
多くの場合、それは単に「聞こえました」「承知しました」という程度の相槌であり、必ずしも“合意”や“納得”を意味しません。
特に、指示が抽象的なときや、細部が曖昧なときほど、相手はその場の空気を壊さないために肯定的に返答します。
日本的な「相手のYesを信用して次に進む」スタイルでは、後から食い違いが発覚しやすくなるのです。
台湾現場で重要なのは、「Yes」の後に必ず“確認質問”を返すこと。
「つまり〜という意味で合っていますか?」と丁寧に再確認することで、初めて“伝わった”ことになります。
図面よりも“現物を見ながら”の会話が主流
台湾では、施工現場が設計の延長線上にあるというよりも、「設計と施工が混ざり合って進む」感覚が一般的です。
日本では図面が完成した時点で仕様が確定し、現場では変更を最小限に抑えるのが原則ですが、台湾では現場での微調整や提案が日常的に行われます。
そのため、指示も“図面上の赤入れ”より、“現場で手を動かしながら伝える”方が通じやすい。
私が実際に経験した現場でも、天井のライン照明の取り付け角度を説明する際、図面ではなく脚立に登って実際の位置を指差しながら伝えると、職人の理解が一瞬で進みました。
つまり、「見せる・触れる・感じさせる」という五感的な伝達こそ、台湾の現場においては最も強力な言語なのです。
この「現物主義」の背景には、台湾の職人文化の根強い“実践重視”の姿勢があります。
彼らは経験をもとに手で覚えているため、図面や仕様書よりも、現場での「リアルな見え方」を信頼します。
したがって、伝える側も「資料」より「現場感」で語る柔軟さが求められるのです。
“曖昧なOK”がトラブルを生む理由
台湾の職人は非常に協力的で、依頼を断ることを好みません。
それは人間関係を大切にする文化でもあり、相手の意向を尊重したいという優しさの表れでもあります。
しかしその「曖昧なOK」が、後々のトラブルを生む火種になることがあります。
たとえば、壁面の塗装色を変更する際、「この色で大丈夫?」と聞くと「OK、OK!」と返ってくる。
ところが、仕上がってみると微妙に色味が違う。
確認すると「あなたの言った“明るいグレー”を自分の感覚で選んだ」と言われる――
こうした誤解は、指示が具体的でなかったというよりも、確認の手順が曖昧だったことに原因があります。
台湾では、「相手に確認を求める文化」よりも「相手に任せる文化」が強い傾向があります。
だからこそ日本人側が、“確認を取る習慣”を積極的に導入することが重要です。
たとえば「この色で間違いないですね?」「もう一度写真を共有します」といった一手間が、後の誤解を防ぐ大きな武器になります。
指示のタイミングで信頼が決まる
台湾現場で最も大事なのは、「伝える内容」より「伝えるタイミング」です。
現場では作業の流れが非常に速く、次々と職人が入れ替わりながら進行します。
そのため、朝の段階で伝えた内容が、午後には別の班によって実行されていることも珍しくありません。
つまり、1日の中でも指示を“いつ伝えるか”によって、結果が大きく変わるのです。
台湾の現場監督たちは、午前中の段取りと午後の変更対応でリズムを作っています。
このリズムを理解していないと、「言ったのに伝わっていない」状態が繰り返されます。
私の経験上、台湾で最も効果的なのは、「作業直前の10分間」に指示を出すこと。
作業が始まる前の、まだ現場に余白がある時間帯に話すと、相手の集中度が高くなり、伝達精度が格段に上がります。
逆に、昼食後や終了間際に伝えると「また明日確認します」と後回しにされがちです。
台湾の現場では、“間合い”こそが伝達の精度を左右します。
現場監督が「通訳」になる必要性
日本からの出店プロジェクトでは、設計者・施主・施工会社の三者が異なる国籍になるケースも多く、言語だけでなく“考え方の翻訳”が必要になります。
そのとき、現場監督の役割は単なる指示伝達者ではなく、「通訳者」のような存在になります。
たとえば、設計者が「ここはもっと柔らかい印象にしたい」と言ったとします。
この抽象的な表現を、そのまま職人に伝えても伝わりません。
現場監督はそれを「照度を10%落として、間接照明を優先に変更」という具体的な作業指示に変換しなければならない。
これができる監督は、台湾でも非常に信頼されます。
つまり、“設計の意図”と“現場の理解”をつなぐ架け橋こそ、現場監督の本質的な役割なのです。
言葉が違っても、目的が共有されていれば現場は必ず動きます。
そしてそのために必要なのは、通訳スキルではなく、人の思考と現場の流れを同時に翻訳する力なのです。
第2章:通じる言葉を選ぶ──台湾現場での日本語・中国語・英語のリアル
台湾での店舗設計や内装工事では、現場で飛び交う言葉が実に多様です。
設計図は日本語、現場打ち合わせは中国語、職人の会話は台湾語、メールは英語──
この多言語環境の中で“誤解なく伝える”ことは、日本国内のプロジェクトとは比べものにならないほど難しい挑戦です。
しかし、言葉の壁は翻訳アプリでは解決しません。
本当に大切なのは「どんな言葉を使うか」よりも、「どんな前提で、どんな目的で言葉を発するか」です。
日本的な曖昧な表現は台湾では通じにくく、逆に台湾的な直球表現は日本人の耳には強すぎることもあります。
「大丈夫です」は要注意!台湾人が言う“OK”の本当の意味
台湾の現場で最も多く聞く言葉が「OK!」です。
しかし、この「OK」は日本人が思う「了解」「承認」とは少し意味が違います。
多くの場合、それは「聞きました」「対応します(が、まだ決定ではない)」という曖昧な合図であり、実際の作業内容を確認せずに進めると、仕上がりにズレが生じることがあります。
たとえば、照明の配置を変更する際に「OK?」と確認すると、「OK!」と返ってくる。
ところが、実際にはそのまま旧配置で施工が進むということは珍しくありません。
なぜなら、相手は“承認”ではなく“理解”の意味で返事をしているからです。
日本的な「大丈夫です」「お願いします」という柔らかい表現も同じです。
台湾の職人はその裏にある意図を汲み取ることが難しいため、「これを採用してください(Please use this one)」など、明確な行動を指示する言葉を選ぶことが大切です。
“やんわり伝える”より“明確に伝える”方が、台湾では結果的にトラブルを防ぎます。
図面上の「指示文」を中国語で書くときのコツ
台湾の店舗内装では、日本側が作成した図面に指示を追記することがよくあります。
このとき日本語のまま書き込むと、現場の職人には理解されません。
翻訳しても、専門用語が伝わらず誤施工を招くこともあります。
たとえば「壁:仕上げクロス貼り(品番〜)」と日本語で記載すると、中国語では「壁面貼壁紙(型號〜)」とするのが一般的です。
しかし、実際の台湾現場では「貼壁紙」よりも「貼壁布(壁布貼)」という表現の方が通じやすい。
台湾では“布調素材”が主流であり、クロス=壁布という認識があるためです。
また、指示文を書く際には動詞+名詞の順で記載するのがポイントです。
日本語では「天井:塗装仕上げ」と書きますが、中国語では「天花塗裝」または「天花上漆」とし、「すること(塗る)」を先に書くと視覚的にも伝わりやすくなります。
現場図面を「読まれる図面」にするためには、直訳ではなく“台湾の職人が普段使う言葉”を採用することが何よりのコツです。
通訳に任せきりにしない“現場日本語”の使い方
台湾の現場には、通訳を介してコミュニケーションを取るケースも多いですが、通訳に任せきりでは“現場のニュアンス”が伝わりません。
なぜなら、設計意図の細部は「寸法」「仕上げ感」「光の印象」といった、言葉だけでは説明しにくい感覚的な部分に宿るからです。
そのため、現場担当者自身が簡単な日本語・中国語の混合フレーズを使えるようになると格段にスムーズになります。
たとえば以下のような短い表現が効果的です。
- 「這裡再一點亮(ここをもう少し明るく)」
- 「這個角度不太好(この角度はちょっと違う)」
- 「跟圖面一樣(図面と同じに)」
これらは難しい文法を知らなくても、意図がすぐ伝わる便利な言葉です。
相手が日本語を少し理解していれば、あえて「ライト、もっとアップね」などの混合言語でも構いません。
大切なのは“声をかける勇気”と“伝える姿勢”であり、完全な中国語でなくても、あなたの言葉が現場を動かすことがあります。
職人が理解できる“簡体字・繁体字”の違い
台湾で使う感じは繁体字ですが、中国は簡体字です。
同じ中国語と言っても文字の違いが誤解を生むことがあります。
たとえば、「灯具(照明器具)」という言葉は、繁体字では「燈具」と書かれます。
日本人が「灯具」と書いたら、台湾人には「これは中国大陸仕様の図面では?」と誤解されることもあるのです。
台湾の内装現場では、繁体字を使うことが信頼の証でもあります。
「あなたが台湾のやり方を尊重している」と受け取られるため、指示書・掲示物・メモなどは、できるだけ繁体字に統一するのが理想です。
また、現場では繁体字の“筆跡”も重要です。
台湾では手書きのメモを重視する職人が多く、きれいな繁体字の手書きメモは、印刷された図面よりも説得力を持つ場合があります。
デジタルよりアナログが信頼される。
それが台湾現場の不思議な一面です。
言葉より「態度」と「確認サイン」が重要
どれほど言葉を工夫しても、最後に伝達を決定づけるのは「態度」と「確認」です。
台湾では、相手の顔を見ながら「わかった?」と軽くうなずくことが、日本の“承認サイン”以上の意味を持ちます。
たとえば、施工前に「這樣可以嗎?(これでいいですか?)」と問いかけ、相手が親指を立てて「OK」と笑顔で返してきたら、それは信頼が成立した合図です。
逆に、返事が曖昧なまま作業に入ると、どれだけ図面で指示していても食い違いが起きます。
私は現場で、「最後は言葉ではなく“目の確認”」と伝えています。
台湾の職人は表情をよく見ています。あなたが自信を持って指示しているか、不安そうにしているかで、作業への集中度が変わるのです。
つまり、“伝わる言葉”とは文法でも発音でもなく、人間関係の延長線上にある表現です。
丁寧な中国語より、誠実なまなざしと一言の「謝謝(ありがとう)」の方が、何倍も強いメッセージになることを、台湾の現場は教えてくれます。
第3章:伝え方の技術──図面・写真・動画をどう使い分けるか
台湾での店舗設計・内装工事では、「言葉だけでは伝わらないこと」が非常に多いです。
とくに日本企業が求める“質感”や“ラインの正確さ”は、図面の線一本、写真の陰影ひとつにまで意図が宿ります。
しかし、その細やかなニュアンスを、異文化の現場に正確に伝えるのは至難の業です。
そこで力を発揮するのが、図面・写真・動画などの「ビジュアル伝達ツール」です。
台湾の現場では、言語よりも視覚情報の方が圧倒的に伝わりやすい。
ただし、それぞれのツールには得意・不得意があり、使い方を誤ると逆効果になることもあります。
台湾現場で「3Dパース」が通じない場面とは?
日本では、クライアントへの提案や現場共有の際に「3Dパース」が非常に重宝されます。
ところが、台湾の現場では、この3Dパースが思ったほど機能しないことがあります。
その理由は、台湾の職人たちが“図面やCGを実施工の資料”として見る習慣が少ないからです。
彼らは立体的なイメージよりも、「どの材料をどう組み合わせるか」に意識が集中しています。
そのため、CGの質感表現やライティング効果は、あくまで“イメージ図”として受け止められ、「ここをこう作って」と言われても、どの部分を指しているのかピンとこないケースがあるのです。
私の経験では、3Dパースを現場に持ち込む場合は、赤ペンで施工部分を具体的に囲って説明するのが効果的でした。
「このカウンター下の間接照明ライン、この高さでOK?」と明確に聞く。
つまり、パースを“作品”として見せるのではなく、“指示用資料”として使うことで初めて機能します。
3Dを使いこなすには、文化の違いを踏まえた「解説力」が必要なのです。
写真+手書きメモの組み合わせが最強な理由
台湾の内装工事現場で最も効果的だったのが、「写真+手書きメモ」の組み合わせです。
言葉の壁があっても、写真に矢印や寸法を書き込めば、どの職人にも即座に伝わります。
現場ではスマートフォンを使う職人が多く、LINEグループで共有すればリアルタイムで全員が確認できます。
たとえば、施工中のカウンター天板の角R(丸み)の指示を出す際、日本人設計者が「もう少しやわらかく」と言っても通じません。
そこで、現場で撮った写真に「R=20mm→R=40mm」と書き込んで送ると、一瞬で理解されました。
数字と矢印は、台湾現場で共通言語なのです。
さらに効果的なのは、「Good」「NG」といった英単語を併記すること。
台湾の職人は英語にも慣れており、赤文字で明示されると誰も迷いません。
結果、無駄な再施工を防ぎ、スピードも精度も格段に上がります。
日本では「清書された図面」が重視されますが、台湾では「手書きのリアル感」が信頼を生みます。
それは、現場で考えていることが“今この瞬間の言葉”として伝わるからです。
職人に刺さる“動画での指示”の作り方
台湾の現場では、動画が非常に強力なコミュニケーションツールになります。
とくに施工手順や仕上がりイメージを伝える際、数十秒の短い動画が図面100枚分の説得力を持ちます。
私は以前、家具の組み立て方法を説明するため、台湾の職人に向けて「日本での施工手順」を撮影した動画を送ったことがあります。
その結果、言葉が通じなくても“動き”で理解でき、仕上がりがほぼ完璧に再現されました。
ただし、動画を使う際には3つのコツがあります。
1つ目は、短く・要点を一つに絞ること。長い動画は途中で見られません。
2つ目は、指差し・実測・音声を入れること。静止映像より臨場感が伝わります。
3つ目は、撮影後にLINEで共有し、「OK?」と確認すること。反応を見て初めて伝達完了です。
台湾の職人は動画共有に慣れており、確認も迅速です。
彼らにとって動画は“教科書”ではなく“会話の一部”。
この感覚を掴むと、言語の壁を超えたチームワークが生まれます。
変更箇所は「図面更新」より「現場掲示」で伝える
日本では、図面変更があれば即座に修正版を作成し、全員に配布するのが常識です。
しかし台湾の現場では、図面の再配布よりも「現場での掲示」の方が効果的です。
なぜなら、職人たちは常にスマホや紙図面を見ながら作業するわけではなく、現場空間の“目に入る場所”に貼られたメモを重視するからです。
たとえば、照明の位置変更を伝える場合、新しい図面を配るより、現場の天井付近に「→ 改成此位置(この位置に変更)」と書かれたA4紙を貼るだけで十分伝わります。
台湾では、「見る場所に情報を置く」という現場文化が根付いており、紙1枚の貼り方が、プロジェクト全体の精度を左右することすらあります。
もちろん図面更新も必要ですが、それは“記録用”。
実際の施工現場では、五感で伝える情報掲示が何より即効性を持ちます。
日本的な「情報の整然さ」よりも、台湾的な「現場の生きた情報」の方が、圧倒的に強いのです。
LINEグループの活用で現場が変わる
台湾の現場では、メールよりもLINEが主流のコミュニケーションツールです。
設計者・監督・職人・発注者まで全員が1つのLINEグループに入り、写真・動画・コメントがリアルタイムで共有されます。
たとえば、現場監督が「今日の施工状況」を動画でアップし、設計者が「この角度もう少し上げてください」とコメントする──
日本では考えられないスピードで意思疎通が進みます。
私が印象に残っている現場では、1日に100件以上のメッセージがやりとりされていました。
その分、情報量は多くなりますが、「即レス文化」が浸透しているため、確認作業が遅れず、修正もその日のうちに完了することが多いのです。
ただし注意点もあります。
LINEは便利な反面、情報が流れやすい。
重要な決定事項は「LINE報告 → メールで確定通知 → PDF保存」という形で履歴管理を行うことが大切です。
第4章:信頼を築く“伝え方”──命令ではなく協働の言葉を
台湾の内装設計・内装工事の現場では、「何を指示するか」よりも、「どう伝えるか」で仕事の質が決まります。
同じ内容でも、命令口調で言えば抵抗を生み、共に考える姿勢で伝えれば、職人たちは驚くほど前向きに動いてくれます。
日本人担当者の中には、台湾現場で「こちらが発注者なのに、なぜ伝わらないのか」と感じる人も少なくありません。
しかし、その裏には文化的な“言葉の温度差”が存在します。
台湾では、相手を立てること・相手のプライドを尊重することが何より重んじられ、「命令される」より「頼られる」ことで力を発揮する人が多いのです。
「お願い」と「命令」の境界線を意識する
台湾現場では、「命令」より「協働のお願い」が好まれます。
それは、相手が単なる作業者ではなく“パートナー”として扱われることを望む文化背景によるものです。
たとえば、日本人がよく使う「ここを直してください」という言い方。
日本語では自然な依頼ですが、中国語に直訳して「請修這裡(ここを直してください)」と伝えると、台湾人にはやや冷たく、上から目線に響くことがあります。
この場合、少し言い回しを変えて「麻煩你幫我看一下這裡好不好(ちょっとここ見てもらえますか?)」と伝えるだけで、相手の受け取り方がまったく違います。
前者は「指示」、後者は「協働の誘い」。
この違いを理解している日本人担当者は、どんな現場でも信頼を得ています。
“相手に動いてもらう”のではなく、“一緒に動く”という姿勢。
台湾の内装工事現場では、この一言の柔らかさが空気を変えるのです。
「こうしてほしい」より「どう思う?」の効果
台湾では、相手の意見を尊重する言葉が、信頼を築くための潤滑油になります。
たとえば、日本人が「ここは白い壁にしましょう」と提案するよりも、「這裡用白色好不好?(ここを白にするのはどう思う?)」と聞く方が、職人やデザイナーは圧倒的に積極的になります。
この「どう思う?」という一言が、相手を“仲間”として扱っているというメッセージになるのです。
台湾の職人や現場監督は、自分の経験と美的感覚に誇りを持っています。
彼らの提案を受け止める姿勢を見せることで、単なる受注関係を超えた“共創の関係”が生まれます。
私があるカフェの内装を手がけたとき、壁材の貼り方向で悩んでいました。
台湾の職人に「あなたならどう貼る?」と聞いたところ、「この向きなら光がきれいに流れます」と即答してくれました。
結果、その提案を採用した仕上がりは、図面では想像できなかった美しさでした。
指示から相談へ──
これが台湾現場の信頼構築の基本姿勢です。
褒め方・感謝の伝え方が次の仕事を変える
台湾の現場では、「ありがとう」の一言が、何よりも強いチームビルディングの言葉です。
日本の現場では「仕事だから当然」と受け止められることも、台湾では“感謝の共有”が関係性を育てます。
たとえば、予定より早く施工が完了したときに、ただ「助かりました」と言うよりも、「你們真的很厲害!(本当にすごい!)」と笑顔で伝える。
この一言が、次の現場でのモチベーションを劇的に上げます。
台湾の職人たちは、人間関係の温度をとても大切にしています。
彼らは「評価」より「信頼」「尊重」を求める傾向があり、小さな感謝が積み重なることで、仕事の精度も自発的に上がっていきます。
私の現場では、毎日の終業時に「今天辛苦了(今日もお疲れさま)」と声をかけるのが習慣になりました。
その結果、指示がなくても自主的に動いてくれる職人が増えました。
感謝を伝えることは、最も強力な“現場指示”なのです。
クレームを“指導”ではなく“共有”に変える言葉
施工ミスや誤解が起きたとき、日本的な感覚では「なぜ間違えたのか」を問いただしたくなります。
しかし、台湾の現場ではそのアプローチは逆効果になることが多いです。
ミスを責められると、相手は黙り込み、再発防止よりも“体裁を守る”ことを優先してしまうからです。
そこで有効なのが、「指導」ではなく「共有」に変える伝え方です。
たとえば、「どうしてこうなった?」ではなく、「我們一起看一下問題在哪裡(どこに原因があるか一緒に見てみましょう)」と声をかける。
この姿勢が、相手に責任ではなく“協力”を促します。
問題を共有し、改善策を共に考えることで、相手の中に「自分ごと」の意識が生まれます。
これは単なるトラブル対応ではなく、長期的な信頼構築につながる重要なプロセスです。
怒るより、共に直す。
この姿勢こそが、台湾現場で愛される日本人担当者の共通点です。
現場で信頼される日本人担当者の共通点
台湾の職人や監督から「この日本人は信頼できる」と言われる人には、明確な共通点があります。
それは、“正確さ”よりも“誠実さ”を重視する姿勢です。
完璧な中国語を話さなくてもいい。
最新の設計ソフトを使いこなせなくてもいい。
大切なのは、「相手を尊重し、誤解を恐れずに向き合う」こと。
私が出会ったある日本人プロジェクトマネージャーは、現場で職人に直接「ありがとう」「不好意思(ごめんなさい)」を繰り返していました。
その素直な姿勢が、職人たちの心を動かし、彼の現場は常に雰囲気がよかった。
結果として、指示も早く通り、仕上がりも抜群に良くなりました。
台湾では、「技術がある人」より「信頼される人」が強い。
そしてその信頼は、人間としての真摯な言葉遣いと態度から生まれるのです。
相手の文化を理解し、相手の立場を尊重する。
それが台湾現場での「伝える技術」の最上位にあります。
第5章:現場を動かす「伝わる指示」実例集
これまでの章で見てきたように、台湾の内装設計・内装工事の現場では、言葉・文化・タイミング・人間関係など、あらゆる要素が「伝わるかどうか」を左右します。
しかし、理論だけでは現場は動きません。
実際にどういう場面で、どんな指示の出し方が成功を生んだのか、あるいは失敗を防げなかったのか。
この章では、筆者がこれまで台湾で関わった店舗設計・施工の中から、特に印象に残る5つの「伝わる指示出し」実例を紹介します。
それぞれの現場で起こった出来事には、台湾の文化的背景や現場気質が色濃く反映されています。
そして、どの事例にも共通しているのは「正確な言葉より、伝わる姿勢が現場を動かす」という真実です。
図面では伝わらなかったが、模型で一瞬で通じた例
ある日系アパレルブランドの店舗設計プロジェクト。
ショーウィンドウの台形什器の角度を、図面で詳細に指示していたにもかかわらず、施工されたものはまったく異なる角度でした。
職人に理由を聞くと、「図面の数字は読んだが、全体バランスがわからなかった」とのこと。
日本なら「図面を見ればわかるだろう」と思いがちですが、台湾では“完成形を立体で理解する”文化が根強い。
そこで筆者は、厚紙と発泡スチロールで簡易模型を作り、角度を再現して見せました。
すると職人たちは「ああ、この感じね!」と即座に理解し、その日のうちに正しい角度に修正。以後の現場でも模型指示を習慣化しました。
学び: 台湾現場では「平面」より「立体」で伝える。
数字や線よりも、“形を見せる”ことが最も早い言語です。
職人との昼食で信頼を取り戻した例
あるレストランの改装工事で、仕上げの遅れが続き、現場の空気が重くなっていました。
日本人担当者が指示を出しても「はい」と言うだけで、実際の作業は進まない。
原因を探ると、職人たちは「指示が細かすぎて息苦しい」と感じていたのです。
その日、筆者は昼休みに職人たちを近くの食堂に誘いました。
「今日は一緒に飯でもどう?」と笑顔で声をかけただけでしたが、その時間が“人間としての距離”を一気に縮めました。
食後、ある年長の職人がこう言いました。
「あなたは私たちの上司じゃなくて、仲間だね。」
その言葉を境に現場の空気が変わり、指示もすぐに通るようになりました。
学び: 台湾の現場では、指示より先に信頼を築く。
その最短ルートは、会議ではなく“昼食”かもしれません。
SNSで共有した施工動画がチームを変えた例
内装照明の施工現場で、間接照明の光の角度がどうしても合わない。
何度説明してもズレが直らず、日本人デザイナーも頭を抱えていました。
そこで筆者は、日本国内で施工した同ブランド店舗の動画をSNSで共有しました。
動画には、職人が実際に光の角度を測りながら調整する様子が映っており、台湾チームはそれを繰り返し再生しながら作業しました。
結果、翌日の仕上がりは驚くほど美しく、照度も角度も完璧。
後日、台湾の職人から「動画を見て初めて“光の流れ”を理解した」と言われました。
彼らにとって“言葉”ではなく“動き”で理解する方が自然だったのです。
学び: 台湾現場では「見て覚える」文化が根付いている。
動画は最も強力な“現場指示ツール”です。
日本人担当者の「沈黙」が誤解を生んだ例
一方で、うまくいかなかった事例もあります。
台湾北部のショッピングモール店舗工事で、壁材の納まりが設計通りでなかった際、日本側の担当者は「現場判断だろう」とその場では黙って見過ごしました。
しかし後日、クライアントから「なぜ設計と違うのか」と指摘が入り、現場は混乱。
台湾側の職人に確認すると、「あなたが何も言わなかったから、OKだと思った」と答えたのです。
つまり、日本的な“黙認=同意ではない”という感覚が、台湾ではまったく通じなかった。
日本では沈黙が「思慮」や「尊重」として受け取られますが、台湾では「無関心」または「了解」と見なされることが多い。
この文化の違いが、現場の誤解を生んだのです。
学び: 台湾現場では、沈黙は指示ではない。
小さな疑問でも、その場で「これ大丈夫ですか?」と確認する。
反応の一言が、信頼を守る鍵になります。
台湾人現場監督の“一言”が救ったプロジェクト
最後に紹介するのは、ある大型商業施設の店舗工事での出来事です。
日本の設計事務所からの変更指示が頻発し、現場の混乱が極限に達していたある日、台湾人現場監督がこう言いました。
「我們先完成今天能做的事吧(今日できることから終わらせよう)」
その一言で、現場の空気がふっと和らぎました。
彼は決して日本側を批判せず、台湾側を責めず、ただ“今やるべきこと”を明確にした。
その瞬間、全員のベクトルが同じ方向を向いたのです。
筆者はその時、指示とは“上からの命令”ではなく、“方向を揃えるための言葉”だと痛感しました。
台湾人監督のように、誰も否定せずに現実を動かす言葉。
それこそが、異文化の現場で最も尊い「伝わる指示」だと思います。
学び: 指示とは、「現場を動かすこと」ではなく、「心を整えること」。
信頼がある現場では、指示が命令に聞こえない。
台湾での店舗設計・内装工事は、図面や契約では動きません。
現場を動かすのは、“人”であり、“言葉”であり、そして“信頼”です。
この5つの実例からわかるように、台湾の現場は常に人間的で柔らかい。
論理ではなく、温度で動く世界です。
ここで紹介した「伝わる指示」の実例は、決して特別なテクニックではありません。
むしろ、誰にでもできる“相手を思いやる伝え方”です。
その思いやりが、国境を越えて現場をつなぎ、プロジェクトを成功へ導きます。
まとめ|「伝える」ではなく「伝わる」へ──台湾現場で信頼を動かす力
台湾の店舗設計・内装工事の現場で、日本人が最初に直面する壁。
それは、「伝えたはずなのに、伝わっていなかった」という現実です。
図面を描き、仕様書を整え、詳細を詰めた。
それでも現場で違うものが仕上がる――
この経験をした方は多いでしょう。
しかし、その背景には、単なる言葉の違いではなく、文化のリズムと信頼の温度差があるのです。
🪞1. 台湾現場は「間合い」と「空気」で動く
台湾の現場では、言葉の正確さよりも、「いつ・どんな表情で・どんな関係の中で伝えるか」が重視されます。
“Yes”が理解を意味するとは限らず、沈黙は“同意”ではなく“未確認”を意味します。
つまり、伝える力とは、言葉ではなく「間合いの力」。
伝わる指示とは、論理よりも相手のタイミングに寄り添う対話です。
🧠2. 台湾では「言葉の正確さ」より「姿勢の明確さ」が伝わる
完璧な中国語よりも、「あなたのために伝えようとしている」姿勢が大切です。
通訳任せにせず、片言でも自分の言葉で伝えること。
その一歩が、相手の信頼を引き寄せます。
“OK”の裏には「まだ検討中」が隠れ、“はい”の裏には「聞いただけ」が潜む。
だからこそ、確認を惜しまない日本人担当者が成功します。
台湾の現場では、伝達=確認+尊重。
それが信頼の始まりです。
🏗3. 図面ではなく「見せ方」で伝える
図面、写真、動画、LINE──どれも万能ではありません。
大切なのは「相手がどの方法を最も理解しやすいか」を知ること。
台湾の職人にとって、最も強い言語は“視覚”と“感覚”です。
写真に矢印を入れる。
動画で動きを見せる。
現場に貼り紙をする。
その小さな工夫が、百の言葉よりも正確に伝わります。
“伝える技術”とは、ツールを選ぶセンスにほかなりません。
🤝4. 命令ではなく「協働」で伝える
台湾現場の空気を変えるのは、立場ではなく言葉の温度です。
「これを直してください」ではなく「ここを一緒に見てみましょう」。
「どう思う?」という一言が、相手の誇りを引き出します。
信頼を得る日本人担当者は、常に相手を「仲間」として扱います。
感謝の言葉を惜しまず、トラブルを責めずに共有し、小さな成功を一緒に喜ぶ。
命令では現場は動かない。協働で初めて現場は走り出す。
⚙️5. 「伝わる指示」は、人を動かし、現場を変える
最終的に、台湾現場で“伝わる”とは、心が通った状態を意味します。
模型を見せる、動画を送る、手書きで書き込む――
それはすべて、相手に理解してもらいたいという「誠意の表現」です。
そして、その誠意は、言葉を越えて必ず伝わります。
現場を動かすのは、知識でも立場でもありません。
それは、伝える人の人間力。
相手の文化を尊重し、相手の時間に合わせ、一緒により良い空間をつくろうとする心こそ、最大の武器です。
🌏 日本企業へ:台湾現場で信頼を築くための3つの原則
最後に、本記事の要点を「実践原則」として整理します。
- 見せて伝える。
図面よりも現場で。文字よりも写真・模型・動画で。
目で理解できる」指示を徹底する。 - 確認を怠らない。
“OK”の意味を信じず、ダブルチェックを習慣化。
確認の積み重ねがトラブルを防ぎ、信頼を深める。 - 言葉の温度で現場を動かす。
「命令」ではなく「相談」へ。
相手のプライドと文化を尊重する。
✨ 終章──“伝わる力”は、文化を超える設計力
台湾の現場に立つと、図面の線よりも、人の表情が空間をつくっていることに気づきます。
そこには、数字では測れない“関係のデザイン”があるのです。
日本人の丁寧さと、台湾人の柔軟さ。
その両方が交わるとき、唯一無二の空間が生まれます。
だからこそ、日本企業の皆さんには、「伝える」ではなく「伝わる」設計・施工を目指してほしい。
それが、台湾現場で真に成功するための――
そして、日台の未来をつなぐための第一歩です。


