台湾で店舗を出店する際、日本企業が最も見落としやすいのが「法規・検査・消防」の壁です。
図面も仕上がりも完璧に見えても、消防検査や用途審査で「待った」がかかることは珍しくありません。
日本と台湾では、法律の成り立ち、検査のタイミング、行政との距離感がまったく異なります。
特に台湾では、消防や用途確認の“担当官の判断”が最終的な決定権を持つことも多く、「書類が揃っていれば通る」という日本的な感覚は通用しません。
この記事では、台湾の店舗設計・内装工事を進めるうえで避けて通れない「法規」「検査」「消防」に焦点を当て、現場の実例を交えながら、“知らなかった”では済まされないリスクと、その回避策を徹底的に解説します。
第1章:図面承認よりも大切な「用途審査」の壁
台湾で店舗を出店する際、日本の感覚で設計を進めると思わぬところで立ち止まるのが「用途審査(使用許可)」の壁です。
図面が完成し、ビルのオーナーも契約に同意している。
工事会社も着工準備万端。
ところが、いざ行政に確認を出すと「この区画では飲食業の営業はできません」と言われ、計画そのものを練り直す羽目になるケースが少なくありません。
台湾では、「建築用途(建築物の設計上の使用目的)」と「営業用途(実際の事業内容)」が厳密に管理されており、建物全体の“使用分區”と“防火区分”が行政の判断により制限されることが多いのです。
つまり、日本でいう「建築確認済証」に相当する書類があっても、必ずしも飲食店や美容院、診療所などの用途に転用できるとは限らないのが台湾の現実です。
飲食業は特に厳しい!「使用分區」と「防火区分」の盲点
台湾の都市計画は「使用分區」という概念で細かく区分されています。
これは日本の用途地域に似ていますが、より細分化され、同じビルでもフロアごとに使用制限が異なる場合があります。
特に飲食業は防火リスクが高いため、住宅兼店舗ビルや古い商業ビルでは「餐飲業(飲食業)」としての営業許可が下りないことが多いのです。
たとえば、1階で飲食業が許可されていても、2階以上では「教育業」「オフィス使用」に限定されていることがあります。
このため、設計段階で厨房設備を組み込んでも、最終的に行政審査で“用途不適合”と判断されれば開店できません。
例えば、日本の大手カフェチェーンが台北の中心街に出店しようとしましたが、賃貸契約後の用途審査で不適合となり半年間オープンが延期になりました。
用途審査の確認を怠ると、設計・施工の労力がすべて無駄になるリスクがあるのです。
テナント契約前に要確認──「用途変更申請」の有無
多くの日本企業が見落とすのが、テナント契約前に用途変更申請が可能かどうかの確認です。
台湾では、ビルオーナー側が「この区画は以前も店舗だったから問題ない」と軽く答えることがよくありますが、それが正式に行政に登録された“用途変更”であるとは限りません。
用途変更の手続きには、建築士の申請図面、消防同意書、構造安全確認書など、多くの書類が必要です。
さらに、オーナーの協力がなければ申請自体が進まないため、借主側が独自に行うことは困難です。
つまり、テナント契約時点でオーナーが「用途変更に同意するかどうか」が出店可否の分かれ道になります。
筆者の経験では、交渉の初期段階で「この区画を飲食業に転用する予定ですが、用途変更の実績や行政確認資料を見せていただけますか?」と尋ねるだけで、リスクを大幅に減らすことができます。
設計段階でできる「用途リスク回避設計」とは
台湾の設計現場では、法規リスクを回避するために「グレーゾーン設計」という工夫を行うことがあります。
例えば、厨房を“簡易調理スペース”として登録し、最初は「飲料販売店(手搖飲店)」として開業し、後に用途変更を進めるという方法です。
これは台湾では一般的な手法ですが、日本企業がこれを知らずに正攻法だけで進めると、開業まで半年以上遅れることもあります。
ただし、こうした柔軟対応にはリスクも伴います。
行政検査で「実際の使用状況」と「登録用途」が異なると判断されれば、営業停止命令を受けることもあるため、設計者とオーナー間で十分な情報共有が必要です。
法規リスクをゼロにすることは難しいですが、リスクを予測し、対応策を組み込む設計を行うことが、台湾で成功する店舗設計の第一歩です。
台湾行政の“柔軟な対応”に期待してはいけない理由
日本企業の中には、「台湾は柔軟だから、多少の違いは大丈夫だろう」と考える方がいます。
しかし、それは大きな誤解です。
確かに、台湾の行政担当者は親切で相談には乗ってくれますが、“柔軟=許される”ではありません。
むしろ、一度NGが出ると再申請や修正の手続きが非常に煩雑です。
特に台北市や新北市などの都市部では、建築・消防・環保(環境保護)など複数の部門が関与しており、部署ごとに判断基準が異なります。
筆者が監修した案件では、消防では合格したが、環保局で「油煙処理装置の設置高さが基準外」と指摘され、再検査に2週間を要した例もあります。
行政は「言えばなんとかなる」ではなく、「言わないと動かない」が基本。
その現実を理解し、最初から法規を前提にした設計・スケジュール計画を組むことが不可欠です。
日系企業が見落とす「実測図」と「法的図面」のズレ
台湾では、建築物の“実測図(現場実測の寸法図)”と“法的登記図面(建築許可図面)”が一致していないことがよくあります。
古いビルでは、過去の改修で壁が動いていたり、通路が狭くなっていたりすることも多く、行政が持つ図面と実際の空間が異なると「避難経路が確保されていない」と判断され、用途許可が下りないケースがあります。
日本では実測図と確認図の差はほとんど問題になりませんが、台湾ではこのズレがそのまま“法的違反”と見なされる場合があるのです。
このため、着工前に「建築登記図面」と「実測図面」の整合性をチェックすることが非常に重要です。
現地の設計会社が「この図面は古いから気にしなくていい」と言ったとしても、それを鵜呑みにしてはいけません。
なぜなら、行政は“紙の図面”を基準に判断するからです。
台湾の「用途審査」は、単なる手続きではなく、店舗出店の成否を左右する重大なステップです。
「用途が違うだけで営業できない」というリスクを正しく理解し、設計・契約・行政対応を一体化して進めることで、トラブルを未然に防ぐことができます。
台湾での内装設計・店舗出店を成功させるためには、図面よりも前に、まず“法規と用途”を読むこと。
それが、現場経験者として私が最も強調したいポイントです。
第2章:工事が進まない!? 建築検査・消防検査のリアル
台湾で内装工事を進める日本企業の多くが、最初にぶつかる大きな壁が「消防検査(消防安檢)」です。
日本では建物全体の検査が中心で、テナント単位での審査は比較的少ないのに対し、台湾ではテナントごとに独自の消防検査が行われるのが特徴です。
つまり、同じ建物内であっても、隣の店舗が合格しているからといって自分の店舗も通るとは限りません。
検査官が現場に来て、照明器具の素材、スプリンクラーの位置、消火器の配置、さらには天井裏の電線の処理状態まで細かく確認します。
そして、ひとつでも基準に合わない箇所があれば、再検査。
これが2〜3回続くことも珍しくありません。
消防検査の落とし穴 ── 照明器具ひとつで再検査に
台湾の消防検査では、防火・耐熱性能の証明が最重要項目です。
特に照明器具や天井材、壁材などは、行政指定の不燃基準を満たしている必要があります。
しかし、日本から輸入した高品質の照明器具が“台湾の証明書がない”という理由だけで不合格となるケースが後を絶ちません。
たとえば、照明カバーの素材がポリカーボネート製であっても、台湾の消防局に登録されていなければ「証明書未提出」として再検査対象になります。
この場合、輸入証明・材質証明・防火性能試験書を揃えなければなりません。
施工側の立場から言えば、「同じ材料を使っている他店が合格している」というのは何の意味もありません。
検査官がその場で「NG」と判断すれば、次の検査日程を待つしかないのです。
つまり、「材料が安全かどうか」ではなく、「証明書が提出されているかどうか」が判断基準なのです。
日本企業にとっては理不尽に感じられるかもしれませんが、これが台湾の制度の現実です。
現場監督が押さえるべき「消防図面」と「実施工」のズレ
台湾では、消防図面(消防設備配置図)は行政申請時に提出され、承認後に施工が進められます。
しかし、現場では施工中に天井の高さや間仕切り位置が微妙に変わることがあり、そのわずかな変更が消防検査の“落第理由”になることがあります。
特に注意すべきは、スプリンクラーの位置と照明・エアコン吹き出し口との干渉です。
図面上は問題なくても、実際の天井内で配管がずれている場合、スプリンクラーの噴射範囲が確保できず「配置不適合」とされます。
現場監督が図面通りに施工されているかを逐一確認することが重要であり、「消防図面は別チームがやっている」では済まされないのです。
筆者の経験上、最もトラブルが少ないのは設計士と現場監督が消防設備業者と現場で3者確認を行うこと。
このワンステップがあるだけで、再検査率は大幅に下がります。
“スプリンクラー移設”が要注意!勝手に動かすと罰金も
台湾の工事現場では、内装変更の際に「天井のデザインに合わせてスプリンクラーを移動してほしい」と要望されることがよくあります。
しかし、これは非常に危険です。
スプリンクラーの移設は、必ず消防局への再申請が必要であり、無許可で移動すると罰金の対象になります。
さらに、スプリンクラー工事を行う業者は、消防局に登録された認可業者(消防技師資格者)でなければなりません。
内装工事会社が勝手に延長配管を行った場合、検査官の目に留まると即不合格。
さらに罰金だけでなく、建物全体の消防許可が一時停止になるリスクもあるのです。
特に飲食店では煙や油が多く出るため、天井構造を工夫することが多いですが、その際に「スプリンクラーを少しだけ避けよう」と安易に動かすと全体の検査が止まります。
台湾の消防検査では、“見た目”よりも“位置精度”が最優先。
これを理解しないと、引き渡しスケジュールが一気に崩れます。
工程表に組み込むべき「検査期間」の現実的な日数
日本のように、建築検査が申請から数日で完了すると思ったら大間違いです。
台湾では、消防検査の申請から実地検査まで平均で1〜2週間、再検査を含めると最大で1ヶ月かかることも珍しくありません。
しかも、年末や旧正月前後などは行政機関が混雑し、さらに遅れます。
多くの日本企業が陥るのは、「工事完了=すぐオープンできる」と思い込むスケジュール設計です。
実際には、消防検査・環保検査・衛生検査など複数の審査が連続して行われ、各検査の結果が出るまで次のステップに進めません。
現場のスケジュールを立てる際は、「検査バッファ期間」を必ず1〜2週間確保すること。
これを怠ると、スタッフ採用・広告告知などのタイミングがずれ、オープン直前でコストが膨れ上がる結果になります。
消防担当官との“現場交渉術”──成功と失敗の分かれ道
台湾では、検査官との現場でのコミュニケーションが非常に重要です。
検査官は形式的なチェックだけでなく、施工の安全意識や説明態度を見ています。
ここで「なぜこの施工を選んだのか」「どの基準を参照したのか」を明確に説明できれば、検査官の印象は良くなり、再検査の可能性が下がります。
逆に、通訳任せで曖昧な回答をすると、「責任者不在」と判断され、検査が保留になることも。
実際に、通訳の翻訳ミスで“スプリンクラーはまだ設置していない”と誤解され再検査になった、という話もあります経験があります。
実際は設置済みだったにもかかわらず、言葉の齟齬だけで2週間の遅れが出ました。
ベストなのは、現場監督か設計士が自ら検査官に直接説明できる体制を整えること。
難しい専門用語は通訳に任せつつも、基本的な安全思想や施工目的は自分の言葉で伝える。
これが「信頼される現場」への最短ルートです。
台湾の建築・消防検査は、図面通りに作っただけでは通らないという前提を持つことが大切です。
求められるのは、制度を理解した上での現場調整力、行政対応力、そして柔軟なスケジュール設計です。
日本の“正確な図面文化”に台湾の“現場対応力”を掛け合わせることで、検査を味方につけることができます。
台湾での店舗内装工事を成功させる鍵は、「合格を取るための設計」ではなく「検査を見越した現場づくり」。
これこそが、現場を止めずに店舗を予定通り開店させるための最も現実的な戦略です。
第3章:行政・検査機関との付き合い方 ── “人間関係”が法規を動かす?
台湾での店舗出店プロジェクトを進めるとき、日本人オーナーや本社担当者が最も戸惑うのが、行政との距離感の違いです。
日本では、行政は「制度を運用する中立的存在」であり、書類が整っていれば問題なく通るのが一般的です。
しかし台湾では、行政手続きや検査は担当官個人の判断に左右される部分が大きいのが実情です。
つまり、書類の正確さだけでなく、「担当官にどれだけ丁寧に説明して信頼を得られるか」が成否を分けることになります。
これを「裏口」や「コネ」と誤解する人もいますが、実際には“人間関係”というよりも誠実な説明と相互理解の文化と考えるのが正しいでしょう。
台湾の行政は“人”が動かす──公式ルールだけでは通らない現実
台湾では、法規の解釈が地域や担当官によって異なることがよくあります。
同じ内容の設計であっても、台北市では「合格」とされ、新北市では「修正が必要」と言われる。
その理由は、法令よりも実際の運用ルールが“人”を中心に成り立っているからです。
特に地方自治体では、担当官の経験年数や性格、過去のトラブル事例によって判断基準が変わります。
筆者が関わった案件では、台中市の検査官が「前例があるからOK」と判断したのに対し、同じ設計を高雄市で提出したところ「安全距離不足」として不合格になったこともありました。
つまり台湾では、「どこで」「誰に」「どう説明するか」で結果が変わるのです。
だからこそ、現地設計会社や内装業者が行政とのパイプを持っているかどうかが重要になります。
日本企業が自力で制度を読み解こうとするより、経験豊富な現地パートナーと連携することが最善策なのです。
設計士が同行すべき「事前説明」とは
台湾の行政対応では、「事前説明(預審)」が極めて重要です。
申請書を出す前に、設計士が直接行政担当官に出向き、図面や設計意図を説明するプロセスが一般的です。
これを怠ると、申請後に思わぬ修正指摘を受けて時間をロスします。
たとえば、防火壁の厚みや避難通路の設定について、設計段階で行政の見解を確認しておくことで「後から変更指示が出るリスク」を避けることができます。
日本の感覚では、図面提出後に行政から連絡を待つのが普通ですが、台湾では“出向いて説明する”のが基本。
担当官に「この設計者は誠実に対応している」と印象づけることで、後の検査もスムーズになります。
筆者の経験では、この“事前説明”に設計士本人が同行するか否かで、工期が最大1ヶ月以上違うこともありました。
つまり、「図面を描くだけの設計士」ではなく「行政を動かす設計士」が求められるのが台湾なのです。
通訳任せにしない!技術用語の“誤訳”がトラブルの火種に
台湾の行政審査でよくあるトラブルが、「通訳の誤訳による誤解」です。
特に日本企業が日本語で設計資料を作り、それを中国語に翻訳して提出する際、専門用語の違いが誤認を招くことがあります。
たとえば「防火区画」は中国語では「防火區劃」ですが、「防火區域」と言い換えると意味が変わってしまい、担当官が「違う構造を想定している」と誤解することがあります。
また、「耐火構造」「準耐火構造」「防火仕上げ」など、日本の細かい区分は台湾法規には存在しないため、翻訳者が一般用語に置き換えてしまうと、図面全体の意図が伝わらなくなります。
このような誤解を防ぐために、技術用語は設計者が直接補足説明することが重要です。
“顔の見える関係”が生む検査スムーズ化の効果
台湾では、担当官が現場に来るとき、「初めて会う相手」と「以前から顔を知っている相手」とでは対応が違います。
もちろん、法規を曲げるわけではありませんが、事前に信頼関係を築いていると判断が早くなり再検査も少なくなるのが現実です。
このため、設計士や現場監督は、申請書の提出から検査当日まで、できるだけ同じ担当官と継続的に連絡を取り合うようにします。
たとえば、「図面修正をこのように行いました」「施工現場は予定通りです」と報告しておくことで、行政側も“進捗を理解したうえで検査に臨む”ことができます。
「このくらい大丈夫」は禁句 ── 小さな違反が後で大問題に
台湾の現場では、時に「このくらいなら大丈夫ですよ」と言われることがあります。
特にベテラン施工業者の中には、過去の経験から“緩い判断”を信じてしまう人もいます。
しかし、筆者の経験上、この言葉ほど危険なものはありません。
たとえば、避難通路の幅が5cm足りない、スプリンクラーが照明と少し重なっているなど、一見些細な違反でも検査官によっては「不合格」とされ工事が一時停止することがあります。
さらに厄介なのは、検査時に通っても後の定期消防検査で指摘を受けるケース。
オープン後に修正を求められれば、営業停止や再工事による損失は計り知れません。
台湾では、「安全基準」は行政の“顔”に関わるため一度発覚すると厳しく対応されます。
だからこそ、設計・監督・オーナーが一体となって「曖昧さを残さない」姿勢を徹底することが重要です。
台湾の行政や検査官は、決して「厳しい相手」ではありません。
むしろ、真摯に説明すれば理解を示してくれる“人間的な対応者”です。
しかし、そこに日本の常識を持ち込むと、齟齬が生まれます。
台湾でプロジェクトを円滑に進めるための鍵は、「書類を出す」ことではなく「人に説明する」こと。
法規を理解し人を理解し文化を尊重するのが、台湾の内装設計・施工を成功に導く最大のノウハウです。
第4章:消防・安全基準の最新トレンド ── 年々厳しくなる台湾規制
台湾では、ここ数年、商業施設や飲食店での火災事故が相次いだことを受けて、消防・安全関連の法規が次々と改正されています。
特に2022年の高雄市ビル火災、2023年の台中カラオケ施設の火災以降、内装材、防火区画、避難経路、感知器の配置などに関する規制が一段と厳格化されました。
かつては“行政が柔軟に判断してくれる”といった雰囲気もありましたが、現在の台湾では「安全優先」が完全に定着し、一つでも基準を満たさなければ営業許可が下りない時代に入っています。
2023年以降の消防法改正で何が変わった?
2023年の消防法改正の最大のポイントは、「用途別の安全基準強化」と「責任所在の明確化」です。
これまで“建物全体”を対象としていた基準が、現在ではテナント単位で厳密に適用されるようになりました。
つまり、同じ建物内であっても、各店舗がそれぞれ独自に防火・避難計画を持たなければならないのです。
また、万一火災が発生した際には、オーナーではなくテナント事業者が直接責任を問われるケースが増えました。
このため、消防法の改正に伴い、内装設計時から「火災安全設計報告書(消防安全計畫)」の作成が義務づけられ、避難経路、消火器位置、感知器数、素材証明を図面上で明記する必要があります。
特に飲食業、カラオケ、バー、美容院など人が密集する業態では、行政の審査がより厳密化しています。
つまり、「隣の店が通ったからうちも大丈夫」という時代は終わったのです。
「内装材の不燃証明」が求められるケースが増加
以前の台湾では、壁や天井に多少燃えやすい素材を使っても、消防検査時に“見た目が良ければ通る”こともありました。
しかし今では、使用する内装材ごとに「防火性能の証明書(耐燃證明書)」を提出することが求められています。
台湾国内メーカーの製品であれば証明書が簡単に取得できますが、日本から輸入する素材や仕上げ材の場合、台湾の認定試験を受けていないと正式な証明になりません。
そのため、現場では「美しいけれど使えない素材」が急増しています。
例えば、日本で一般的な木目調メラミン化粧板は、台湾では“半燃性素材”に分類され、使用箇所によっては防火被覆が必要です。
また、布製の壁装材やレザーシートも防火加工証明書の添付が必須となりました。
内装デザインを優先して材料を選ぶと、後で検査に通らない可能性があるため、設計初期段階で「素材の防火区分」から逆算したデザイン設計が求められるようになっています。
避難経路の“最短距離”と“方向”に注意 ── 意外な落とし穴
台湾の消防法では、避難経路に関する規定が非常に細かく定められています。
たとえば、
- 出口までの最短距離が30メートルを超えてはならない。
- 避難方向に階段を含む場合は幅90センチ以上を確保する。
- 出口の前に段差やドア開閉障害があってはならない。
などです。
しかし実際の現場では、ビルの構造上これらを満たせないケースが少なくありません。
特に古いビルでは避難経路が1本しかなく、厨房やストックルームを通らなければ外に出られないという構造も存在します。
その場合、行政は「追加避難出口」を求めてきますが、構造的に開けられないときは、代替措置として防火扉や防煙区画の設置を指導してきます。
つまり、「設計上ムリ」と言っても通用せず、“どう安全を確保するか”を設計者が提案する義務があるのです。
この対応力こそ、台湾で信頼される設計会社・施工会社の実力の差として表れます。
“煙感知器”の配置ルールが店舗設計に与える影響
台湾の消防規定では、店舗内の天井高・面積・仕切り構造に応じて、煙感知器の数と配置位置が細かく定められています。
最近は、“装飾天井の形状”によっても設置義務が変わるという点が、デザイナー泣かせのポイントです。
たとえば、折り上げ天井や化粧梁を設けると、その凹凸部分にも感知器を追加するよう求められる場合があります。
また、厨房とホールの間に間仕切りがないオープンキッチンの場合、煙感知器の種類を「熱感知式」から「煙感知式」に変更するよう指導されることもあります。
これらの変更は、工事が進んでからでは遅く、申請図面段階での設置計画が必須です。
さらに、感知器の配線・制御システムは建物全体に接続されているため、テナント側が勝手に変更できない場合も多く、ビル管理会社や消防局との調整が不可欠です。
日本では“見た目”と“機能”を両立させるのがデザインの理想ですが、台湾ではまず「安全を優先したうえでデザインを構築する」という逆の発想が求められます。
最新法規対応を設計段階で取り入れるための実践ポイント
台湾の消防法や建築安全基準は、毎年のように微修正・更新が行われます。
つまり、1年前に合格した設計でも、翌年には基準が変わって通らないということが実際に起こります。
そのため、設計段階で法規を調べる際には、「過去の成功事例」ではなく「最新版の法令通知」を確認する必要があります。
ここで頼りになるのが、現地の「消防顧問(消防コンサルタント)」です。
台湾では、消防局OBや専門技師が独立して顧問業務を行っており、図面段階から法規チェックや模擬審査を行ってくれます。
顧問を早期に入れることで、申請書修正回数が減りますし、顧問は行政の最新通達を把握しているため、「どうすれば現場で通るか」を具体的に助言してくれます。
つまり、成功の鍵は「行政を読む力」ではなく、「法規を運用する人たちと連携する力」です。
台湾で店舗内装設計を行う際は、必ずこのネットワークを持つ設計・施工パートナーを選ぶべきです。
台湾の消防・安全法規は、近年、急速に厳格化しています。
「以前は通った」「他の店がやっている」はもう通用しません。
今後の台湾店舗設計に求められるのは、最新法規を理解し、設計段階から対応を組み込む姿勢です。
そしてもう一つ重要なのは、「安全基準をコストではなくブランド価値として捉える」視点です。
安全に配慮した設計・施工は、台湾の顧客や行政からの信頼につながり、結果的に長期的な事業安定をもたらします。
台湾の店舗出店で成功する企業は、美しさの前に安全を設計する企業です。
それこそが、これからの台湾市場で信頼を勝ち取る唯一の道と言えるでしょう。
第5章:リスクを防ぐ「法規チェックリスト」とチーム体制
台湾で店舗の内装工事を進めるうえで最も怖いのは、「工事が終わったのに営業できない」という事態です。
その原因のほとんどは、法規や検査の確認漏れです。
しかし、多くの日本企業は、設計段階と施工段階を別会社に発注しているため、“誰がどの法規を確認するのか”が曖昧なままプロジェクトが進んでしまいます。
台湾では、行政申請の流れや消防対応、材料証明などの要件が非常に複雑で、1つの見落としが工期全体に影響を及ぼします。
この問題を防ぐには、チーム全員が法規理解を共有し、定期的にチェックできる仕組みが欠かせません。
設計段階で作る「用途・消防・法規」チェック表の重要性
台湾の設計事務所の多くは、工事着工前に「法規確認リスト(法規檢查表)」を作成します。
この表には、建物用途、避難経路、防火区画、消防設備、照明器具の証明書、仕上げ材の耐燃等級などがまとめられています。
しかし、日本企業が発注する案件では、これを省略してしまうことが少なくありません。
理由は、「日本の図面ですでに確認済みだから」。
ところが、台湾の審査基準はまったく異なるため、日本側の確認書は意味を持たないのです。
筆者が推奨するのは、プロジェクト開始時に「法規項目ごとに責任者を明確にするリスト」を作ることです。
たとえば、用途審査は設計士、消防設備は消防技師、材料証明は施工管理者が担当 ── といった具合に分担を明確化します。
このリストを週次ミーティングで更新することで、「誰も確認していなかった」という状況を防げます。
工事前ミーティングで必ず確認すべき3つの資料
台湾での工事着工前に確認すべき重要書類は、次の3点です。
- 建築使用許可証(使用執照):
建物の用途区分と構造制限を確認する基本資料。飲食業が禁止されていないか要チェック。 - 消防同意書(消防設施同意書):
消防設備の図面と申請内容が現場設計と一致しているかを確認。 - 設計施工契約書(設計施工契約):
設計者と施工者の責任範囲を明文化する契約書。行政対応の代行範囲も明確にする。
この3点を工事前に確認しないと、いざ行政申請や検査の段階で「誰が対応するのか」で揉めます。
筆者が過去に立ち会った案件では、消防図面を誰が提出するか決まっておらず、現場が完成してから「誰も出していなかった」と判明し、オープンが1か月遅れました。
書類の確認は、工事を早めるための“スピードチェック”ではなく、事故を防ぐための“安全装置”なのです。
“誰が行政に出向くのか”を明確にするだけでトラブル減
日本企業の出店プロジェクトでは、「行政への申請は現地設計会社がやるだろう」と思い込んでいるケースが多く見られます。
ところが実際には、台湾では申請業務を誰が担当するかを明確に定めるルールがなく、“口約束”のまま進行することが珍しくありません。
たとえば、用途変更の申請を設計士が担当すると思っていたら、設計士は「それはオーナー側の責任」と言い、オーナーは「設計が出すものだと思っていた」と押し付け合う。
このようなトラブルを防ぐには、契約時に「行政対応担当者」を明記しておくことが重要です。
また、行政対応を担当するスタッフには、日本語と中国語の両方で図面や説明ができるスキルが必要です。
筆者はこのポジションを「法規コーディネーター」と呼び、設計と現場監督の橋渡し役として配置しています。
この1人がいるだけで、行政対応のスピードと精度が大きく向上します。
台湾ローカル業者との分担線引きを曖昧にしない
台湾の現場では、日本側の設計図をもとに施工を行うため、ローカル業者が法規面を“現場判断”で処理してしまうことがあります。
たとえば、「スプリンクラーの位置を少しずらした」「感知器の種類を変更した」など、図面とは異なる施工を現場で即断してしまうケースです。
その結果、消防検査で「図面と実際が違う」と指摘されて再検査になります。
これはよくあるトラブルです。
これを防ぐには、“誰が図面修正を行い、誰が申請を再提出するのか”を明確にしておくことが必要です。
また、ローカル業者に対しても、法規上の判断は設計士を通して行うよう明文化しておくこと。
筆者はいつも現場契約書に、「法規関連の変更は設計者の承認を要す」と一文を入れています。
ルールを明確にしておくことで、ローカル業者の判断によるリスクを大幅に減らせます。
「最後の一週間で地獄を見ない」ためのプロジェクト管理術
台湾の現場で最も多い悲劇が、「すべて完成してから検査不合格で開店延期」です。
この原因の多くは、“検査準備を最後の週にまとめてやる”ことにあります。
筆者のチームでは、工事進行に合わせて週ごとに検査準備を進める仕組みを導入しています。
たとえば、
- 第1週:使用許可・建物用途確認
- 第2週:消防図面と施工図の整合確認
- 第3週:材料証明書の提出
- 第4週:避難経路・照明確認
といった具合に、工程と検査準備を同時進行させるのです。
また、検査1週間前には「模擬検査」を実施します。
現場監督と消防技師が実際にチェック項目を確認し、書類・配置・サイン位置・感知器の作動をテストします。
この“事前検査”を行うことで、再検査率をほぼゼロに抑えることができています。
「最後の1週間」に奇跡は起きません。
計画的な準備こそが、納期を守り、信頼を勝ち取る最大の武器なのです。
台湾の内装設計・店舗出店において、法規・検査リスクを防ぐ最も確実な方法は、チーム全体で法規を理解し、定期的に確認する仕組みを持つことです。
設計士、現場監督、施工業者、オーナー──誰か一人が知っていれば良いのではなく、全員が同じ情報を共有し、同じ目的で動くチーム体制をつくる。
それが、台湾という多層的で人間味のある行政環境の中でプロジェクトを成功させる唯一の方法です。
「最後までトラブルなく引き渡せる会社」と「オープン直前で止まる会社」の差は、法規への“理解力”ではなく、“共有力”です。
日本企業が台湾で成功するためには、「設計の美しさ」+「法規の正確さ」+「チームの連携力」── この三位一体を築くことが、最大の競争力になるのです。
まとめ:台湾の“曖昧なルール”を超えるには
台湾で店舗を出店する際、最も多くの日本企業が直面する壁 ── それが「法規・検査・消防」という目に見えない制度の壁です。
工事は順調に進んでいるのに、消防検査で不合格。
図面は完璧なのに、用途審査で“NG”。
行政とのやり取りで時間がかかり、オープンが数ヶ月遅れる──。
これらのトラブルの多くは、施工品質や設計センスの問題ではなく、「台湾特有の制度と文化を理解していなかった」ことに起因しています。
日本とは根本的に異なる「制度の構造」
日本では、法規は全国で統一され、建築確認申請を通せばその後の流れは比較的スムーズです。
一方台湾では、行政単位ごとに判断基準が異なるため、同じ図面でも「台北市ではOK、高雄市ではNG」となることがあります。
つまり、台湾で成功するためには、“法を読む力”よりも、“現場と行政の両方を理解する力”が求められます。
書類を整えるだけでなく、担当官と直接会って意図を説明する ── この人間的なコミュニケーションが、台湾では最も大切な「通行証」なのです。
進化する消防法規 ── “以前通った”はもう通らない
2023年以降、台湾では火災事故の増加を受け、消防法規が大幅に改正されました。
防火区画、避難経路、不燃証明、煙感知器の配置など、細部まで厳格な基準が設けられています。
従来のように「他店と同じ仕様だから大丈夫」という考え方は通用しません。
いま必要なのは、「安全を前提に設計を組み立てる」姿勢です。
見た目の美しさではなく、安心して長く使える空間を設計する。
それが、台湾市場で信頼を得るための本質的なデザイン思考です。
チーム全員が「法規を共有する」ことが最大の防御
どんなに優れた設計者でも、法規を一人でカバーすることはできません。
用途審査、消防図面、材料証明、検査対応──これらはチーム全体の連携があって初めて機能します。
設計士、現場監督、消防技師、オーナーが共通の「法規チェックリスト」を持ち、週次で進捗を確認する。
小さな確認を怠らないチームほど、大きなトラブルを防げるのです。
法規は“専門家だけの領域”ではなく、全員が意識すべき現場のルール。
それを全スタッフが理解して動けるかどうかが、信頼される企業の条件です。
“柔軟さ”ではなく“透明さ”で信頼を得る
台湾では、「柔軟な対応」よりも「透明な対応」が評価される時代になっています。
行政に正直に説明し、書類を整え、現場で安全を証明できる企業ほど、行政やオーナーからの信頼を得やすくなっています。
筆者は多くの現場で、検査官が「この会社は誠実だ」と言ってくれる瞬間を見てきました。
それは、見栄えの良い施工ではなく、真摯にルールを守り抜く姿勢によって得られた評価です。
日台コラボの未来──“安全をデザインする”という共通言語
法規・検査・消防というテーマは、一見堅苦しいものに見えます。
しかしその根底には、「人の命と空間の価値を守る」という、日本と台湾に共通するデザインの原点があります。
日系企業が台湾で成功するためには、単に“日本の品質を持ち込む”のではなく、台湾の法規と文化を尊重したうえで、日本の品質基準を融合させることが重要です。
安全を「制約」と見るか、「信頼の証」と見るか。
その視点の違いが、台湾出店の成功を左右します。
台湾の店舗出店・内装設計において、法規・検査・消防は“後回しにするもの”ではなく、“最初に考えるべきもの”です。
「知らなかった」では済まされない世界だからこそ、知って、理解し、備えることでチャンスに変えることができます。
法規を恐れず、正面から向き合う。
それが、日本企業が台湾の内装業界で真に信頼されるための第一歩です。


